場面恐怖症

場面恐怖症という対人恐怖症

場面恐怖症という対人恐怖症です

次に紹介します方(30代女性)は、症状からいって場面恐怖症でしょうか。

書痙の症状も出ていたようです。

でも、大丈夫でしょう。

心療内科に通って治療されているのです。

精神科の治療は、薬物療法が基本になるのです。

加えて精神療法も受けているので、時間をかけて回復されることを祈っています。

現在30歳になる女性です

私は現在30歳になる女性です。

仕事は在宅でパソコン仕事を行っています。

今思えば小学校のころから、人とかかわることが苦手で、できる限り人とかかわることを避けていました。

そのような私だったので、将来はできるだけ人とかかわらずに黙々とできる仕事をしたいと考えていました。

(恐怖症のひとは皆、私もですが同じように思うでしょう)

大学を卒業して、研究に携わりたいと考えていたのですが、その夢はかなうことはありませんでした。

だんだんと自意識過剰になる

小学生のころは非常にマイペースな性格で、それほど周りの人たちを意識することはありませんでした。

しかし中学生になると、だんだんと自意識過剰な心が強くなっていき、様々なことが気になるようになりました。

授業中には先生に指名されると心臓がバクバクして緊張し、うまくしゃべれませんでした。

また字を書いているところを誰かに見られるだけでも、手の動きが止まってしまったり、手に大量の汗をかいたりすること(書痙)もありました。

給食の時間は、誰かに自分が食事をしているところを見られるだけで食べられなくなってしまっていたので、誰にも見られないように食べていました。

しかしまったく誰とも話せないというわけではなく、家族やほんの一握りの友人たちとはそれなりに話すことができていたように感じます。

@[自意識過剰とは、自身のことに関して周りからどう見られているかということを必要以上に意識してしまうこと。]

思春期だからと思っていたが

このころには思春期(十二歳から十七歳ぐらい)にはこのようなことがよく起こるといわれていたので、そのうち治るのかと思っていました。

このような調子で大学を卒業するまで、ほとんど人とは関わらないまま、私は社会人になってしまったのです。

大学卒業後、就職する

大学を卒業してから、私は一般企業に就職しました。

最初のうちは先輩から仕事を学んでいく時期だったので、多少の失敗をしたとしても、それほどとがめられることはありませんでした。

しかしこの時も誰かと会話をするときには緊張してうまく受け答えができなくなったり、ものを渡す時に手が震えてしまったりということがありましたが、何とか様々な付き合い方を覚え対応していたように感じます。

最初のころはよかったのですが、だんだんと後輩ができてくると、自分が先輩の立場に変わっていきました。

するとだんだんと人とうまくかかわれない症状がでてきて、人前で発表する際に、私は何も話せなくなってしまったのです。

そして会社だけではなく、自宅でもこのような症状が強くなっていきました。

心療内科に行くようにすすめられた

自宅での私の恐怖の対象は宅配業者でした。

宅配業者の視線が気になって、サインさえもできなくなってしまったのです。

この時に初めて家族が心配して、どうすればよいのかと話し合い心療内科に行くようにすすめられました。

心療内科に通い社会不安障害、つまり対人恐怖症であると診断され、現在は薬物療法と精神療法を受けています。

まとめ

・小学校のころから、人とかかわることが苦手で、できる限り人とかかわることを避けていました

・そのうち治るのかと思っていました

・ほとんど人とは関わらないまま、私は社会人になってしまった

・会社だけではなく、自宅でもこのような症状が強くなっていきました

・宅配業者の視線が気になって、サインさえもできなくなってしまった

・対人恐怖症であると診断され、現在は薬物療法と精神療法を受けています

以上です。

 

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