脇見恐怖症

対人恐怖症理解されない脇見恐怖症(Ⅲ)

はじめに

栗田さん(仮名20代女性)は対人恐怖症の辛さを精いっぱい訴えています。

対人恐怖症の中でも、脇見恐怖症という症状です。

とても、辛い状況がまぶたに浮かぶようです。

精神科クリニックも受診されたのです。

精神科の治療の3本柱は、「薬物療法」「精神療法」「リハビリテーション」です。

まずは、薬物療法が基本になります。

それと辛い症状をひとりで抱え込まないことが大事ですね。

専門医療機関での治療の継続が重要となります。

修学旅行の体験が引き金

私は子供のころは、とても目立つのが好きなタイプでした。

小学校や中学校でも生徒会長や部活のリーダーなどを務め、人と話をすることも、また人前に立って何かをしたり話することも大好きな性格だったのです。

しかし友人からのたった一言で、それまでの生活が180度変わってしまいました。

それは高校の行事で修学旅行に行った時のことでした。

私は私立高校に通っていて、修学旅行先は外国でした。

外国に行った際に友人たちと楽しくグループ行動していた時に、当時の親友から目線が怖いと言われたのです。

親友も何気なく言っただけだと思います。

しかしその一言が、私の心にはグサリと刺さってしまい、そこから私はどんどんと崩れ落ちてしまったのです。



 

周りの視線が気になる

友人のその一言を聞いてから、どんどん周りの人の視線が気になっていきました。

周りが気になって振り返ろうとしても、人から見られているのではないかという怖さがあり、周りを見ることができません。

また周りの人が自分のことをおかしいのではないかと思っていると思い込むようになってしまったのです。

そうすると学校でもうまく行動することができません。

クラスメートや先生でさえも、視線が気になってしまいます。

先生が黒板の前にいるので、もちろん授業中に黒板の字をうつすこともできず、その際には録音機を使って、毎日家に帰って書き取りをしていました。

どうすれば視線が気にならないようになるかと考え、眼鏡をかけて視野を狭くし、さらにはマスクをし相手から表情が分からないように工夫をしました。

脇見恐怖症と診断され

あまりにも私の行動がおかしいので、母親が病院に連れて行ったところ、私の症状は脇見恐怖症であることがわかりました。

脇見恐怖症という病気があることははじめてその時に知り、私がおかしいのは病気のせいなんだという理解ができ、少し楽になったのを覚えています。

私は中学校のころから、人と接することが大好きだったので、その後福祉関係の仕事に就きたいと思っていました。

対人恐怖で福祉の仕事に就く

たとえ視線が怖かったとしても、人とかかわることが嫌いなわけではないので、思い切って福祉の仕事に就きました。

仕事場では、他のスタッフに私が脇見恐怖症で、どのような症状があるのかを勇気を出して伝えました。

今は周りの人たちはそれを理解してくれているので、それだけでもかなり心強く感じています。

治らない病気なのかもしれませんが、うまく付き合っていくことはできます。

これから周りにも支えられながら、私なりに精いっぱい楽しい人生を送っていきたいと思っています。

これは私の「脇見恐怖所と仲良く365日」です。

以上です。

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