対人恐怖症は、治癒しないと諦めることでしか順調に回復しない

対人恐怖症は恋愛することが苦手なの?

今回は、私の友人Bさんのお話を綴りたいと思います。

対人恐怖症の治癒は、治癒しないと諦めることでしか順調に回復しないのである

恋愛を本心希望するなら対人恐怖症に対して「あきらめるというメンタル」を持つこと。

簡潔に述べて、「対人恐怖症の治癒は、治癒しないと諦めることでしか順調に回復しない」のである。

どうか、この深淵なる謎のような「対人恐怖症の治癒は、治癒しないと諦めることでしか順調に回復しない」この偉大な普遍の真理を追及をしていきたいと思っております。

ひとの持ち味はおのおのです

まるっきり同様の気質をもっているヒトというのは、ぐるっと見まわしてもあんまりいないですよね。

「みんな違って、みんないい」とは言いますが、気質が原因で毎日の生活でいくらでもくたびれ果ててしまうケースがあります。

我自由気ままな人はまわりから嫌悪を買ってしまいかねません。

引っ込み試案の人はまわりとそれほど交流がとれません。

こういう人物は、恋愛をする上では具合が悪い気質をしているといっても誤りじゃありません。

けれども、ご自身のデメリットに勘づいて手を打とうことができることなら、恋人を作り上げて行くこともできる可能性は無限であります。

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対人恐怖症のひとは、いかにしたら恋愛をエンジョイできるのか?

そもそも恋愛向いているとは思えない特徴のひとだって、残念ですがいらっしゃいます。

対人恐怖症のひとがこれに該当します。

言うまでもなく、人様とコミュニケーションを取ることに恐怖感を感じているというわけですから、お友だちを作ることも、恋をすることも、かなり狭き門といっても間違いないでしょう。

人様とかかわりを持たないというライフスタイルも、オリジナリティーの一つですが、このオリジナリティーを前向きで有益に意識すればいいではないのか、というのは、まったく苦し紛れというか悩みどころですね。

対人恐怖症のひとが恋愛にチャレンジするには、どのような心掛けをすれば良いのか

対人恐怖症が顕在化してしまう引き金は個人ごと違いますが、どっちにせよこいつに罹患してしまいますと、お友だちはおろか知人すらどうしても作れません。

驚かれるかもしれませんが執筆者(B)も、人様との交流が不得意で、20才代後半まで我の両親とさえ普通にコミュニケーションを取ることも容易ではなかったのです。

19歳から25歳までは引き籠もりようになってしまい、その期間で価値のある恋愛適齢期をこれ以上ないほどおじゃんにしてしまったのです。

しみじみ、このくらいむだな機会はなかったなぁと口に出して言っているところです。

それじゃ、いかにして対人恐怖症を乗り切ったのかと言うと、「対人恐怖症の克服は困難だ」と観念したことが一番の決め手だったように感じ取れます。

人間である私自身の気質を成人になって、あっさりと換えるというのは私に限らず、ただの一人も叶いやしないのではないでしょうか。

そうであれば、そんなできないことををやろうということで悶々と苦しい思いをするよりも、対人恐怖症だけれどもこの状態で年を取るにつれてこれからの人生を、いよいよプラス思考の力を借りて、人生いい感じにしましょうという気になるしかないと考えたのですね。

対人恐怖症は治らないと開き直ったおかげで?希望のひかりがさしてくることになったんです。

治そうというよりも、対人恐怖症と仲良く365日過ごそうと少しだけ前向きな思考をすることです。

これが、開き直りの真骨頂になります。

諦めがつくことで私は人の目も許せることに至る

対人恐怖症のなによりのデメリットは、周りの目においてうまく振る舞おうということで、かたくなってしまうことになり、応対がアンバランスになってしまうことが、当事者としての気兼ねない考えです。

かりにまわりはさほど期待を寄せていないケースでも、尋常じゃないプレッシャーを受けてミスしてしまい、あなた自身マイナスな気に見舞われてしまうというスパイラルに落ち込んでしまう。

いずれはい上がる時は、まるっきり尋常じゃない苦労をするということになってしまうのです。

今だって、ちゃんと対人恐怖症が改善したということではありません。

いつものごとくどなたかにお会いするときや、よく知らない所に出向くときはストレスから吐き気や腹痛に苦しい思いをさせられいます。

もう、こうなったらそういったものとして降参するほかないと感じているところです。

降参するっていうのは、ある意味あきらめがついてしまうということなのですね。

専門家での心理相談などが効き目のあることだってあるのでしょうが、執筆者にはあまり効くことはありませんでした。

そうかといって、いつまでもわが家に引き篭っているだけのライフスタイルは、しばしば記すように、どこまでも気が滅入り冴えないんです。

そういうわけでいつからか執筆者は、個人の対人恐怖症を治癒させることはあきらめて、まわりも誰もが自分自身に期待を寄せていないと思いこんで生きるようになっていたんです。

そうでもしないなら、とてもじゃありませんがこれまでになかった出逢いも、お仕事も、なんにもかもやれなくなるので、これはしかたがないやり方だったのです。

その結果こういう諦めが作用して、今となっては身の回りに私の対人恐怖症ということを悟られることなくなったのです。

私自身の欠陥を勘づかれないことは、そんなことだけでも多かれ少なかれストレスを感じずになってくるのです

更に快適になってこそ、恋愛をするだけの気分の余裕ができます

最後に

シンプルに対人恐怖症と言いましても、かなり多岐に亘る不調になるものです。

いき過ぎた悩みや緊迫状態というのは、それのみで疾患の呼び水といっても間違いがないでしょう。

緊張することを続けることからメンタル的な異常が引き起こされるだけじゃなく、自律神経の異常から規則正しい快眠もが難しくなり、身体上の悩み事も発症しやすいようになっていくのです。

そうしてこういった原因となっている対人恐怖症は、はっきりといって一生涯モノの仲間という付き合いとなってしまうのが、ややこしいところです。

どうあがいても全快が容易ではないなら、最大限に無理には関わらないこと。

いよいよほんとにこれしかないでしょう。

対人恐怖と仲良く365日生きていきましょうね!

長文失礼しました。

以上です。

 

 

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