「マイノリティ」には 「社会的弱者」という意味で使用されることも

対人恐怖症の人達は、社会的弱者である

対人恐怖症専門家メンタルクリにっこり!店長です。

こんばんは。

改めて思うところがありますよ。

それは、「対人恐怖症の人達は、社会的弱者である」と言えるのかどうか。

そうとも言えるし、そうでないところもあるんじゃないの?

てな具合が本当かもしれないですね。

日本の中で対人恐怖症のひとが300万人いるとされます。

対人恐怖で毎日を、震えおののいて息をしているのであれば、社会的弱者であります。

一口に300万人と言いますと。

そら、すごい人数ではないでしょうか。

何が言いたいのかと申しますと。

日本社会の風土や社会福祉制度などを変えないといけない

いま、日本社会の風土や社会福祉制度などを変えないといけないです。

毎日来る日も来る日も、辛い苦しい思いを一人抱えて苦しんでいるひとがひとりや三人ではないのです。

日本社会の中で、どれだけの受け止める器があるでしょうか?

これだけ多くの対人恐怖症で苦しんでいる人がいるという事実を理解してもらえる社会風土。

正しく、偏見の目のない状態で理解されなければ意味がありません。

それを受け止める社会が出来ていないという問題があります。

大問題があるのです。

我々対人恐怖症を抱えて生きていひとにとって。

そこで、令和の新しい時代には新しい社会変革の波を起こさなければいけないんです。

私の言っていることはすこし、難しいでしょうか。

 

「マイノリティ」には 「社会的弱者」という意味で使用されることもあるそうです。

 

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