対人恐怖症は辛い
誰にも言えない恐怖症

まえがき

正視恐怖は「相手の目を見ることができない」という当人しか分からない悩み苦しみです。

それは相当な苦痛となって、当人の人生に襲い掛かります。時に「自死」を追求するまでに追い込まれることもあるでしょう。

この正視恐怖はサイト管理者の私にもあります。なので、この激痛は痛いほど身に染みて分かります。私の場合は14歳の春頃に、恐怖を感じ始めて今は60歳代になっています。

それでも、40数年の間いろいろとありました。こんな歳までちゃんと生きてこれましたよ。

このサイトを訪問してくださった人の中で、同じ恐怖を感じている方がいらっしゃったらどうか安心してほしいのです。

診断不要

断っておきますが私は、対人恐怖とかそういう精神分野での専門化ではありません。

ただ、当事者として感じたままをお話ししたいのです。

わざわざ精神科を受診しての診断は不要と思っています。

私の10代の時に精神神経科を受診した経験があります。

精神安定剤か何かを処方されたのだと思います。薬を飲むと、やたら眠くなって、それが辛かったことを思い出します。

あの薬って良くないですよね。

今は、良い薬もでているのでしょうが、薬の効果で正視恐怖が治るはずがありません。ただ、眠く鈍感な精神状態にして精神安定させる薬なのでしょう。

 

例えば、頭痛が酷い時、頭痛薬を飲むのと一緒というこです。

一時しのぎであって、根本を治しているのではないです。

いわゆる対人恐怖のひとにも同じことをしているだけです。

根本は何も変わらないのです。

視線恐怖症の分類

視線恐怖症は主に、以下の4つにわけることが出来る。

① 自己視線恐怖症

  自分の視線が相手(第三者)に対して、不快感を与えるのではないか、と考える症状である。これは対人恐怖症の範疇である。

② 他者視線恐怖症

  人の視線を極度に恐れる症状である。

③ 正視恐怖症

  人と距離が近いときに、目を合わせることに恐怖を抱く症状である。

④ 脇見恐怖症

視界に人が入るとその対象物に視線がいってしまい、たとえその人を見ようと思わなくとも目がそちらを向いてしまう症状である。

その他

その他として、特定の対象や状況を恐れる場合には「特定の恐怖症」である。

私は、上記四つの恐怖をすべて持っています。

ほんとは要らないのですが、自分の意思とは関係なく備わってしまったものです。

例えば、猫を飼っているひとは、猫が可愛いから飼っているのでしょう。

その「猫の目」さえも、当時は恐怖の対象でしたよ。猫の目が視界にはいるだけで、心臓が落ち着かなくなったものです。

今では、なるべく快楽の方向で受け止め出来たらよいなと思ったりもします。

恐怖症のひと全般に当てはまること

恐怖症のひと全般に、当てはまることがあると思っています。

それは、何か?

恐怖の対象が無くなった空間では、まったく正常な心理状態を保てるということです。

それは恐怖症であることさえも、忘れ去ってしまいます。

こんな時間があるからこそ、60代まで生きてこられたのでしょうね。

このことはとても有り難いことだと感謝しています。

私には、高所恐怖は普通の人並であると思いますが、それ以外では特に恐怖を感じて困ることはありません。

他の生物に恐怖を感じる人々

他人のことですが、なかには、「蜘蛛」が恐怖を感じるひとがいました。

蜘蛛を見ただけで、心臓が止まりそうなほど恐怖を感じるのだそうです。

これは、ただことではないですよね。

「カエル」に恐怖を感じるという人もいました。カエルという発音を聞いただけでも胸が苦しくなるのだそうです。

そのひとは、とにかく「カエル」というものすべてが恐怖に感じるのだそうです。

正常な精神を失ってしまうのだそうです。

怖いですね「カエル」。

これらの事象を鑑みて、私の「視線恐怖」と一緒なのだと思います。

ふたりともその生物に対して、異常と思える恐怖を感じると言っていました。

そうなる原因は不明だとも言っていました。

「蜘蛛」ですよ。 「カエル」なんです。

やっぱりね。

対人恐怖症を自覚するひとなら、なんとなくわかる気がすると思います。

正視恐怖と視線恐怖の違い

そんな違いはないと思っています。

同じものを、右からみるのか左からみたのかという程度の違いではないでしょうか。

例えば、同じりんごを眺めるとします。右から見ると赤いおいしそうなリンゴにみえました。

左から見たら、少し青いところがあったよ。その程度のことであります。

同じものを見て、そのままの違いを述べたのです。

真実は、ひとつのリンゴなんですよね。

例えですが、どちらも対人恐怖と言えますね。

原因は何か

原因が分かれば、対処の仕方も分かるでしょう。

早く本当の原因を突き止めることが出来ればよいのですが。

今だ、未開拓の分野ですね。

恐怖症全般に言えると思いますが、本当の原因はきっとスピリチュアルな世界にあるのだと思っています。

それは、自身に思い当たることがあるからです。

人間は、生まれ変わる存在なんだそうです。

よって生まれ変わる前の世で、何かがあったからなのかもしれません。

そうです。何かが起きた。その何かが原因で今の事象が起きている。

そうなのかもしれない。そうでなく、他の原因である可能性もゼロではない。

目を見ることが怖いしできない

貴方は人の目をみてお話しできますでしょうか?

小学校の頃を思い出すと先生は、「相手の目を見て話さないといけないよ」と教えられたと思います。

道徳の時間だったでしょうか。

でも、怖いのです。どのように怖いのかですが、殺されそうな気持になるんですね。

そんな!? びっくりですよね。

恐怖のない人からしたら、「馬鹿げている」ことなんです。

普通に考えて、相手と話すのに、殺されるわけはありません。

そんなことは分かっているのです。

しかし、殺されそうな思いが襲ってきます。

もの凄い恐怖の観念が自由勝手に現れるんです。

相手の目が、尖ったナイフのように強迫観念を伴って襲ってくるんです。

これですね。

信じられませんよね。

でも、困ったもんです。これは大変に迷惑であります。

日常生活を送ることが難しくなってしまいます。

相応しい病院とか治療方法はあるか

特に最初の頃は、精神神経科などに、受診するのも悪くはないと思います。

他の病気が隠れていたら、それに気が付かないで放置しておいてはいけませんよね。

私は、完治することは珍しいことだと思っております。

どちらかと言えば、完治はしないものだと思っております。

治療法はあるかもしれないし、ないかもしれない。

森田療法なるものも広く目にします。

あるがままに受け入れてという考え方をします。

催眠療法というものも聞きます。

実際に、催眠療法をやっているところで複数回試したことがありました。

私は、催眠にかかりませんでした。自己催眠というのもやってみました。

でも、白けてしまってダメでした。

恐怖の症状を緩和させるためには、認知行動療法が相応しいと思ったりします。思ったりです。

実際に、何かやっているわけじゃありません。

対人恐怖症を克服するために必要なこととは 

私は14歳で発症し、今は60歳を超えました。

事実として、なんとか生きてこれたのです。

ここで、まだまだ長い人生が待っている、若い人たちに言いたい。

対人恐怖症でも大丈夫と言ってあげたいのです。

対人恐怖症を克服するためには、なにが必要なのか。

きっと、なにかの支えが必要なのだと思います。

こころの支えですね。

スピリチュアルな世界感が持てますと、自信みたいなものが湧き上がるかもしれません。

必ずしも宗教は必要ないかもしれませんが、そのような心の拠り所を見つけてほしいと思います。

何処で、見つければいいのでしょうか。

それは、「本」である。

悩みが深かった、若し日の頃。

私は本屋さんに行って、自己啓発本を夢中で読み漁りました。

何か、自分の琴線に触れる言葉を見つけたいとの一心で。

その頃、会社の上司から自己啓発の視聴テープを戴くことになったのですね。

そのテープは、とても私の心に心地よく聞こえてきました。

それ以来、何十回を超えて、何百回と聞いたものです。

そして発見した自己啓発本は、私の人生のバイブルとなっています。

まさに、「砂漠にオアシス」だったのです。

まとめ 

対人恐怖症になるひとがいる一方で、そうならないひとも大勢いらっしゃるようです。

なってしまったものは、いくら嘆いていても始まらないです。

自分に合った、克服法を是非発見してほしいと願っております。

それは、きっとあるのです。必ずあります。だいじょうぶです。あるんですよ。

さあ、探しに出かけましょう。

明日を信じて、自分を信じて。

 

最後に。

「非条理な状況に置かれてこそ、本当の幸せを掴む出発点に立ったということなのです。」

これは、自然の摂理なのです。

本当の幸せを掴めるのです。

特に、私のように対人恐怖症で悶々と苦しみのたうち回る人間にこそです。

 

金銭的にも、精神的にもきっと豊かな世界があなたを待っているでしょう。

 

勇気をもって、一歩踏み出してみてください。

 

では、また。

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