辛い対人恐怖はどうすればよいのか
辛い道のりの先にあるものは

対人恐怖の原因

辛い対人恐怖の症状は、主に思春期から20歳になる頃までに自覚するのではないでしょうか。

自分が思春期のころでした。

ある日、何かおかしいなと。

それまでは、気にならなかったことが、異常とも言えるほどの恐怖を体感することになるのです。

決して、そうなりたくて、なってなるのではありません。

他のひとに、特別に気に入られたいとか、そんな気持ちもないわけです。

私の場合は、周囲にいる人の視線がひどく気になって怖かった。

愛玩動物の、猫の目でさえも恐怖を感じていました。

中学高校へと通うのですが、いつも通学途中は目の前の下を見て、歩いていたのです。

顔を上げますと、周りにいるひとの視線が痛くなるほど感じますから。

高校卒業後、一旦は就職したのですが「病的な状態」になったのです。

入院後半年くらいは、療養しながら再就職先を探すというのが二十歳前の自分でした。

それからの人生は、希望のない生活と「いっそ死んでしまおう」という気持ちが湧いてきて苦しみました。

兎に角、これから先どうやって生きて行ったら良いのだろうかと悲嘆にくれていたのが私の青春時代でありました。

辛い人生のお話は、また別の機会に語りたいと思います。。

兎に角、まあるくて黒いものが、異常ともいえるほと恐怖を感じてしまいます。

何故、恐怖に感じるのか

さて、何故なのか?

原因が判明すれば、解決方法も追及できますし、追って解決すると思います。

ただ、解決方法はあるとは思いますが、原因は分からないです。

きっと、目に見えない世界があり、その見えない世界からの「力」が働いているのでしょう。

これは推測です。

見えない世界から、何かしらのシグナルだと受け止めるようにしています。

私の人生には、対人恐怖という特徴が与えられたのです。

そうです。

鮮やかな特徴なんです。

こうなってしまったからには、無理やりにでも「良い方向」へ考えたいですね。

対人恐怖を克服できるか

私は60歳超えました。

この歳までなんとか生きてきたので、これからもなんとか平均寿命を超えるくらい長生き出来たらいいなと希望しています。

対人恐怖は克服できると思っています。

治るとは、すこし違いますけどね。

ここだけの話ですが、長生きできると自信持っています。

何故なのか?

それは、学んできたからです。

当時、本屋さんに行っては、自己啓発本を片っ端から開いて読んでみました。

この自分の苦しみを解決する方法が、どこかにヒントが書いてあるのだと信じてです。

でも、なかなか自身の琴線に触れる言葉には出会えなかったです。

ある日、よくよく読んでみると「これだ!」と思える本と巡り合えました。

20代後半のころだったと思います。

克服するには、学ぶこと

その本は、とても自分の思考と相性が良かったと思います。

翻訳されてはいても、著書の気持ちがよくよく伝わってきました。

本の中から、勇気をもらうことがとても多かった。

頭を使って、思考を正しい方向へと修正することが出来ます。

但し、何回もなんども繰り返し読むことです。

一度や二度の読書ですべて理解できるものではありません。

素直なこころと素直な考え方を身に着けるための学びになります。

私は、20年以上繰り返し読み、大切だなと思えるところはエクセルに纏めました。

自己啓発書「思考は現実化する」著者ナポレオン・ヒル博士

対人恐怖でも仕事できる

結果から言うと、仕事はできるようになります。

自身も定年になる時点では、中小企業で「課長」となっていました。

部下には、それなりに「親しまれていた」と思っています。

定年後の、再就職先は子会社だったのですが、最初から幹部候補でした。

ですので、上司の数人を除いて自分以外のひとは部下だったのですよね。

数十人の部下から、親しまれていました。

上司が、ダメだもんだから?

自身は、誠実がモットーです。真面目なんですね。

こころの中では、視線恐怖があってとても苦しい場面もあるのですが、職場ではとにかく慕われました。

3年くらいで退社して、今日になります。

 まとめ

対人恐怖もいろいろなパターンがあります。

人前で赤面してしまうことが恐怖になってしまうひと・ひと前で話そうとすると「どもり」がひどくて、それが恐怖に感じてしまって思考がストップして苦しみのたうち回るなど。

他にも、たくさんありますね。

自身は、視線恐怖ですからとても苦しい時があります。

友人らと「喫茶店」などに行ったとき、座る席によっては周囲の関係ないお客の視線が気になってどうしようもなくなって。

あたまの中は「まっ白」になっちゃうんです。

全然たのしくありません。

目の前のコーヒー飲んだところで、旨くもまずくも感じることができなくなります。

ただ、その場から離れたい一心になってしまうんです。

向かいに座る友人の、目もしっかり見ることが出来なくなってしまいます。

目がうつろといいますか。。

友人は、何かを察知するんです。

そういう姿がキャッチするこちらとしても、どうしてよいのか本当にわからなくなってしまうんですね。

書いていて、辛くなるので今日はこれまでにします。

最後に

辛い道のりの先にあるものは、幸せです。

今日から、貴方はひとりではありませんよ。

もし、よろしかったら一緒に歩んでいきましょう。

こころで繋がり、こころで信じて。

社会のため、ひとのため、同じように苦しんでいるひとの為に!!

ガンバ!

 

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